2016.01.24_牧師コーナー

【牧師コーナー(松竹岩(ソンチュグァム))】

2016. 1. 24.(主日) ソウル聖楽教会 週報より
ソウル聖楽教会 元老監督 金箕東(キムキドン)牧師

私は咎が多い者であり、不義な者であるが、恵みを受けた。神が自分の血によって罪を贖い、義と認めてくださった。それゆえ、私は人々には汚れて見えたとしても、神の御前では愛を受ける。私は偽らないで神を信じるために、まことに生きる。それゆえ、神は私を離さないで用いてくださるし、自分の働きを預け、自分の奥義を悟らせ、聖霊によって呼吸させ、常に力を与えてくださる。私はイエスの証人として生きる。
私がこの世にとどまる日も長くない。私がこの世に対して何の欲があるだろうか。ただ神が私に与えたその御心をはじめられたために、私がこの世を離れたのちにも続けてその根から真理の芽が出て来るし、私はこの世の終わりまで証しようとする。
人々が嘲笑したとしても、それは彼らが責任を負うことである。私は残っている時間をイエスによって満たしたい。私は神を信じる。神の御言葉を信じる。私は主イエス・キリストを信じる。イエスの功労を信じる。聖霊を信じる。聖霊がなさる力ある働きを信じる。私が今、求めるのは知恵や力である。これを行ったり文章として書いたりしながら、神の国の倉を満たしたい。
肉体の状態や医学的な判断によれば、私は数十年前にすでにこの世を離れなければならなかった者である。また、現代医学によっては治療したり解決したりすることができないために、世界的な基準によって二級障害者という烙印を押されている。
このために私も熱心に神の御前で祈った。パウロの証しのように私が受けた啓示や霊感は多くて大きいので、それらを文章にすべて移したいが、私の時間と体がそれに従わない。しかし、私はこれに感謝する。私が高ぶることがないように肉体にひとつのとげを与えられたということを知って感謝する。そうだからと言って、私は二級障害者として死だけを待つ無用な者ではない。健康な者よりも熱心に、そして、多くの働きを続けている。
私は私たちの教会の監督である金聖顯(キムソンヒョン)牧師を信頼する。神が早くから彼に聖霊を与え、牧会と伝道と学問において多くの体験を与えてくださった。使命感も十分に与えてくださった。誰もこの大きな働きを担うことができない。神が選ばれてこそ担うことができる。それゆえ、元老監督と比較してはいけない。元老監督は60年の経験を積んでいるが、監督はこれから経験を積まなければならない。しかし、彼は韓国内のキリスト教指導者の中で最高の学者である。霊感があり、真実であり、使命感にあふれている。私たちは監督のためにさらに多く祈らなければならない。これが私の頼みである。

翻訳: ソウル聖楽教会 ベレヤ・アカデミー宣教振興院 宣教振興センター 日本語翻訳室