2016.05.22_牧師コーナー

【牧師コーナー(松竹岩(ソンチュグァム))】2016. 5. 22.(主日) 聖楽教会 週報より
聖楽教会 元老監督 金箕東(キムキドン)牧師

 

この時代、人間の領域は驚きべき文明によって侵されている。少し前にこの世を驚かせた「アルファ碁」と人間との対局においては人間が負けた。これからは人間がすることをすべて人工知能がするようになるであろう。小説や詩も人工知能が書くようになるであろうし、人々の心にようやく伝えられた神の国に対する望みさえも壊されてしまうであろう。
そのとき、果たして教会がすることがあるだろうか? そのために教会は目を覚ましていなければならない。人工知能が人間の知能を超えて人間を支配する段階にまで至るのであれば、この世に何が起こるのであろうか? しかし、私はひとつの大きな望みを失っていない。どんなに人工知能がすることが多かったとしても、決して随筆を書くことはできない。人工知能が随筆を書いたのであれば、それは偽りであり、虚構であって、随筆ではない。随筆は自分の経験や追憶の中で永遠に記憶されることを書くものである。それゆえ、絶対に作り上げることができない。
しかし、講壇でだけ宣べ伝えられる霊的な説教を人工知能が作り上げるのであれば、果たして神が生きておられるということができるであろうか? 聖霊が働かれるということができるであろうか? 宗教化された教会は人工知能を頼って説教を作り、それを講壇で注ぎ出す。これは「ものを語る偶像」ではないであろうか? いのちも霊力もない人工知能によって作り上げられた説教を聞いて天国に行く者がいるであろうか?
私たちの教会はこの時代の偉大な使命者である。霊感がない説教は私たちの講壇には永遠に存在しない。これまでの半世紀をただ聖霊の助けによって霊感と真理だけを食べて飲んできた。その御言葉が聖霊によって力を現し、証ししてきた。その御言葉に従って霊魂が聖霊を受け、賜物を受けてきた。悪霊もその御言葉を知って恐れながら出て行った。これは主イエス・キリストがこの地に再び来られる日まで続けられなければならないし、さらに多くなされなければならない。
まず教会員が目を覚まさなければならない。教会員が他の声を聞いて惑わされるのであれば、永遠に宗教人となってしまう。しかし、神の御言葉によって信じて受けることができる霊的な良心をもつのであれば、生きる。私たちはそれぞれ御言葉を分別することができる霊魂とならなければならない。この御言葉が果たして真理であるのか、すなわち聖霊が語られるものであるのか、あるいは人工知能によって作り上げられた偽りであるのかを分別することができなければならない。
私は使命者である。使命者として生涯を送ってきた。私が伝える御言葉は神が認められたし、聖霊が証しされたし、悪霊も知って恐れながら出て行った。ああ! わが霊魂よ、ただ主の御言葉だけを伝えよう。聖霊が注いでくださる御言葉を証ししよう。私たちの教会は永遠にそのようでなければならない。

 

翻訳: 聖楽教会 聖楽宣教センター 日本語翻訳室