2016.07.03_牧師コーナー

【牧師コーナー(松竹岩(ソンチュグァム))】2016. 7. 3.(主日) 聖楽教会 週報より
聖楽教会 元老監督 金箕東(キムキドン)牧師

 

いつの間にか80歳を目の前にしている。子どものときには「60歳まで生きることができるのであれば、十分だ。」と考えた。私の祖父は40代に亡くなったし、伯父と父親も50歳を過ぎて戦争中に亡くなった。叔父もやはり50歳になる前にすべて亡くなった。それゆえ、私が60歳になるというのは長寿であると考えた。しかし、母親が80歳に亡くなり、そののちに姉たちもほとんど80歳を過ぎて亡くなった。この時代がいっているように、100歳時代になったということを実感する。
私が期待していた寿命を20年も超過した。これはどんなに大きな祝福であろうか?「牧会者として50年だけでも働くことができるのであれば・・・」と望んできたが、幸いにも50年、働くことができた。「50年、働いたら、すべてを下ろそう。」と決心したときから50年になるときまではまことに大変であり、緊張した時間であった。
これは私が完ぺきな人間ではなかったためであり、訓練を受けていない足りない私の人格に苦しんだためであった。老いた父の前でさらに学び、学校に行って体系的に人間教育や道徳的な教育をさらに受けて訓練を受けなければならなかったが、歯が抜けるように自分を訓練する時間が多く抜け落ちていった。人格の根をまともに下ろすことができず、性格もよくなく、品性も穏やかではなく、それゆえ、欠点も多くなるしかなかった。
常に人間的なむなしさをもち、孤児や旅人のように孤独を感じる欠落した人性を抱えて生きてきた。このようなものは私の人格に光沢を出さないし、さびをつける。それゆえ、気が散ったり、無益な欲を出したり、利己的で強情なやぎのように行動に多くの問題を露出させたりしてきた。偽善や失敗も多かった。これは私の生涯を通して洗いきよめることができない傷となった。
もちろんイエス・キリストを信じる信仰によって神から義とされ、聖くなったという印を受けたが、人々からはそのようではなかった。それゆえ、心の片隅には常に恥ずかしさや不安があった。私はイエス・キリストから赦しを受けながらも人々からは赦しを受けることができない半端な者である。
今は担任監督という公職を離れて引退した者であり、元老の道を歩んでいるが、まだ私が公人であるということを否認することができない。公人は公人としての社会的な責任を担わなければならないし、また、自分のためにも責任を担わなければならない。すでにひびが入ってしまったガラスにお湯をかければ、割れてしまう。そのように私がパラダイスに行く日まで無事であるのかと緊張する。しかし、私は神の御前で忠誠を尽くそうとする。

 

翻訳: 聖楽教会 聖楽宣教センター 日本語翻訳室