2016.10.09_牧師コーナー

【牧師コーナー(松竹岩(ソンチュグァム))】2016. 10. 9.(主日) 聖楽教会 週報より
聖楽教会 元老監督 金箕東(キムキドン)牧師

 

私は80年近く生きてきたし、55年間、主の働きをしてきた。これまで多くの人に出会った。彼らはすべて最初と最後が異なり、私に大きな傷だけを与えた。彼らは同じように私をだまし、大きな失望を与えた。私はその中のひとりも疑わないで、すべて信頼した。しかし、それは私にとって大きな病弊となった。
人々は「先生は純粋なので、すべての人を信じます。」と不平を言った。私は特殊な職分をもった者である。この名誉は私ひとりによって守られるものではないし、全世界の多くの信仰人に及ぶものである。それゆえ、私は悩んできた。今日、この世を離れるのか、明日、この世を離れるのかもわからない状況の中で、最後に整理しなければならないことがあるが、それはただ主の御前で完全になることである。
今まで愚かで無知な者として生きてきた。物質をもっていたとしても何の意味があるだろうか。欲張ったとしても何の益があるだろうか。欲張るというのはこの世を離れたのちであっても、自分がしていたこと、自分がはじめたことを続けて維持しようとするということである。しかし、私の前にいる者が欲張って自分のことだけを考えるのが見えるので、まことに残念である。
私は死ぬほど主の働きをしてきたし、最後もそのように殉教したい。私たちは必ず主の御前に立つが、そのとき、主がだました者とだまされた者を区分されるということを確信する。私は多くだまされてきたが、他の人をだまさなかった。本当に感謝する。誰かをだましたのであれば、すでにこの世に存在しなかったであろう。
人々は私が誰かをだましたと考えるかもしれないが、何をだましたのであろうか? 誰をだましたのであろうか? 教えてくれるのであれば、すぐに悔い改めてその人と和解する。生涯、すべてだまされてきたわけではない。私を助けてともに歩んでくれる者もいた。しかし、だまされたことがさらに多かったために大きな傷を負った。私が行く道は長くない。目の前にちらつくその日のために最高の信仰を準備したい。物質が与えられるのであれば、また礼拝党を建てたい。これは私が神を信じ、天に対する望みにあふれているためである。
私はぜひ頼みたい。「愛する友よ、神を信じてください。まことに信じてください。パラダイスが私たちの目の前にありますし、神の家が見えます。私たちはともにそこで喜びながら永遠に生きましょう。私はイエス・キリストを信じます。それゆえ、科学よりも、どのような知識よりもその方の御言葉を信じます。アーメン。」

翻訳: 聖楽教会 聖楽宣教センター 日本語翻訳室