2016.10.23_牧師コーナー

【牧師コーナー(松竹岩(ソンチュグァム))】2016. 10. 23.(主日) 聖楽教会 週報より
聖楽教会 元老監督 金箕東(キムキドン)牧師

 

政界から露出される多くの話がこの世を混乱させている。国の指導者であるのならば、尊敬を受けることができなければならないが、韓国の指導者は指導者としての尊敬を失った。他の人の人格や恥部を攻撃することによって「当事者だけでなく、その人を指導者としている国民も結果的に恥ずかしい国民となっている。」ということをすっかりと忘れて生きている。

神はすでに「人間は不義である。」といわれた。罪がない者を罪人として罪に定めて死に追いやった十字架の事件は人類をそのまま見せた鏡である。もし私が今日の政界に入っったのであれば、すでに死んだであろう。私は義も誇るものもない空き缶であり、悲惨な人間である。随筆を通して自分の恥部をすべて取り出したが、まだ恥ずかしい部分が残っているということを告白する。主イエスの御前で義であると主張すべきものはひとつもない。それゆえ、自分を弁明して「私はただの罪人です。私は死ぬべき罪人です。」と告白するだけである。このような告白があるために平安を得るし、幸せになる。

その代わりに私が堂々としているのはイエス・キリストの功労だけに頼り、その方の義だけを証しとして伝えているためである。それゆえ、誰かが辱める前に先に誇るものがない人間であるということを告白し、生涯、謙遜に生きようとする。私の態度はこの世で損をするしかないが、損をしたとしても主の中で自由を享受したい。

私は欠点が多い人間である。しかし、主イエス・キリストの功労と復活の義によって誇りたい。それゆえ、イエスを知る働きに専門家となって、誰の前であっても、どんな環境であってもイエス・キリストだけを積極的に伝える。これが私の生きる方法であり、大きな働きである。

主の愛と祝福を受けたい。今は肉体が傷んで食欲を失った。何を食べたとしても食べたくて食べるのではなく、肉体が残りの歳月を耐えるために無理やりに食べるだけである。今になってようやく主のために生きる味を知った。「肉体は何でもないし、肉体が私を脅かすことができない。」ということを悟った。今日も説教しているが、まことに命を懸けて伝えている。主が天に上りながら語られた望みを霊魂に深く刻んで走っている。

私は肉体を愛する者ではなく、霊魂を愛する者である。それゆえ、主の御言葉と血、その方が与えてくださった聖霊によって霊魂を満たそうとする。主はその高い御座で手を広げておられる。私の霊魂を迎え入れるために・・・

 

翻訳: 聖楽教会 聖楽宣教センター 日本語翻訳室