2016.10.30_罪がないイエス、罪人である私たち
(マタイの福音書3:1~17)

聖楽教会 主日礼拝 説教要旨
説教 : 監督 金聖顯(キムソンヒョン)牧師

神は
ひとりお生まれになった方をこの世に遣わすことによって
自分の義をこの世に現し、
その方を通して
この世の罪をなくそうとされた(マタイ20:28)
しかし、この世は人として現れた
その方を知ることができなかった
バプテスマのヨハネは天国が近づいたと叫んで、(マタイ3:2)
人々に悔い改めのバプテスマを授けた(マタイ3:11)
バプテスマのヨハネの働きの目的は
罪のない
神の御子、イエス・キリストを
この世に紹介するところにあったし、(ヨハネ1:29)
それと同時に、すべての人類が罪人であるという事実を
確認するところにあった
私たちは
イエス・キリストの尊い血の功労によって
すべての罪を贖われたが、
神の御前では罪人の根本を隠すことができない
悔い改めは初めて信じたときにだけではなく、(使徒3:19)
私たちの生涯が終わる日まで続けられなければならない(Ⅰペテロ1:13~15)
私たちは自分が枯れることがない
主の尊い血を絶えず頼らなければならない者であるということを
覚えなければならない
○ 毎日、悔い改めて
霊魂をきよくしよう
○ 常に互いに愛し合うことによって
恵みを受けたという事実を証ししよう
○ 深い悔い改めと自白の祈りを通して
悔い改めを完全になそう
※ 悔い改めによって生きる教会、
主の尊い血の力が
力強く働く教会となろう