
空中の婚宴
(テサロニケ人への手紙第一4:13~18)
神は
愛でおられる
その方が
御子を愛して相続者とし、
御子のために天(霊界)と万物を創造された(へブル1:2)
人の子は謙遜に自分を低めて人となり、(ピリピ2:6~8)
自分の血によって人類を買い取られたが、それが教会である(使20:28)
教会はその方の花嫁であり、妻である(黙21:9)
十字架で律法が廃棄され、自由とされたので、(へブル8:13)
聖徒はまことに自由な者である(ヨハネ8:32)
恵みを受けたというのは人の子と結婚したということである(ホセア2:19~20)
復活するときに空中で主に会うのが空中の婚宴である(黙21:1~4)
私たちは信仰によって聖くなり、(Ⅰペテロ1:15~16)
恵みを受けてその方の妻となった
主の降臨を待ち望むのは
婚宴を待つためである(Ⅰテサロニケ4:15~16)
天の婚宴を考えてみなさい
天(霊界)とその中にいる天使たちが祝う、
天(霊界)でだけ見ることができる最高の喜びである
信仰によって義とされ、
恵みを受けて救いを体験し、
空中で婚宴を開かなければならない
○ 聖霊はこれに印を押して保証された
聖霊の聖徒とならなければならない
○ 義とされたのであれば、
聖霊によって恵みを受け、
人の子の妻として婚宴を開かなければならない
○ この栄光の婚宴が私たちの望みである
婚宴に参加することができないという不幸を防ぎ、
婚宴を迎えなければならない
※ 私たちの信仰と望みは聖さと
恵みの体験と
最後の復活である
【牧師コーナー(松竹岩)】 2018. 9. 16 (主日礼拝) 聖楽教会 週報より
聖楽教会 元老監督 金箕東牧師
名誉が何であるために、そのように名誉を呪うのであろうか。今日も一日中、悪口を言われている。肉体が殴られるよりも苦痛である。名誉は名誉に過ぎないが、まるで生き物のように痛みも知り、死も知り、こわれるのを感じる。それゆえ、肉体よりも名誉がさらに苦痛を知っている。
それならば、名誉と霊魂はどうであろうか? 名誉が辱められることについては肉体を殺したとしても防ごうとするが、霊魂が病んで死んでいくことについては大きな関心をもたない。それで、霊魂が滅びるのである。私は幸いにも霊魂を第一に考え、その次に名誉を愛した。名誉のためには肉体が擦り減ってこわれるくらいに犠牲を払ったが、肉体のために名誉を放り出すことはしなかった。肉体という土の器の中に霊魂が入っているので、その器が割れるのであれば、霊魂はそれ以上、肉体にとどまることができないが、それでも、私の霊魂はすでに主のふところの中にいるので、悩むことはなかった。
今、この世は私の名誉を試みている。汚名をそそぎ、殴りつけ、踏みつけ、引き裂きながら殺している。このようにしてすでに死んだにもかかわらず、私は名誉に瞬間的にだまされる。私は名誉ある者ではなく、主のしもべとなった。主のしもべは主人が行くところに従って行かなければならない。主人が迫害を受けるところにいるのであれば、私もそのようにしなければならない。
主の名誉はすでに地に落ち、十字架につけられ、呪いを受け、この世で最もひどい悪口を言われた。主の名誉は十字架の計略通りにすでに死んだ。しかし、その名誉は3日後によみがえった。そのときから聖霊が主の御名を高めておられる。私の名はすでに神の御前にあるいのちの書に書き記された。私がこの世でもっている名はすでに死体となった。主が死ぬ戒めを受けてそれを実践されたように、私も神からその戒めをすでに受けた。それゆえ、聖く死ななければならない。
主よ! しもべはそのときに自分の名誉と還言の使命を交換しました。今は還言が私の使命であり、命であり、財産です。それゆえ、しもべの口に真理だけがあるようにしてください。しもべの手に力だけがあるようにしてください。しもべの心に霊魂を愛する熱い思いだけがあるようにしてください。この世にだまされないようにしてください。恐れないようにしてください。神が喜ばれるその喜びだけに満たされるようにしてください。
主は「兄弟に向かって『ばか者』という者はむしろ大きな石臼に首をかけられ、海に投げ込まれたほうがいい。」といわれました。それゆえ、しもべの口からはひどい言葉や偽りが出て来ないようにしてください。ただ霊魂のために働く権勢を与えてくださったので、その働きだけをするようにしてください。イエスは私の主人でおられます。主人に似るようにしてください。これは私の生涯の願いです。
翻訳: 聖楽教会 聖楽宣教センター 日本語翻訳室