【質問】

 「イエスによって救いを受けた」といいながら、どうして私たちに「救いを受けなさい」というのでしょうか?

 

聖楽宣教センターの回答です。

「救いを受けた」というのは「イエスが十字架で流されたその血によって、アダムの中で死んでいた全人類の罪を贖われた。」という意味である。人類は神の血によって買い取られた、神のものである。このときから農夫が脱穀場で箕をもって収穫したものを麦と殻に区分するように、神は人々を信仰の義に満ちている者と信仰の義がない不義なる者を区分される。神はこれを福音によって伝えられる。
福音を聞いてイエス・キリストに出て来る者は義に至るし、福音を拒んでイエス・キリストに出て来ない者は義に至ることができないで不義となる。それゆえ、イエス・キリストを認めて出て来る者に「救いを受けなさい」といわれたのである。そして、このときから第一の復活に至るまで耐えて、怠けないで、自分の霊魂を愛し、自分に与えられた信仰の聖なる職分を守り、最後まで自分の霊魂を守る者に「救いを受ける」といわれたのである。
神はイエス・キリストの血によって買い取られたが、このときに「救いを受けた」といわれ、イエスの福音を聞いて出て来る者に「救いを受けなさい」といわれ、最後に天に行くときに「救いを受ける」といわれた。イエス・キリストが十字架の功労によって全人類を救われたが、それぞれ自らが救いを選ばなければ、救いを受けることができないし、また、救いを受けたとしても最後まで信仰を守らなければ、そこから除かれてしまう。

(金箕東キムキドン 著  『契約と信仰』「5. イエス・キリストの人、神の子」より)