2022. 07. 31. イエスの尊い血を信じなさい (ヨハネの福音書6:53~58)

イエスの尊い血を信じなさい
(ヨハネの福音書6章53~58節)

神は
永遠のいのちでおられる
その方が
この世を愛して、永遠のいのちを与えるためにひとり子を与えられた
尊い血を与えられた(ヨハネ3:16)
私たちは
主イエスの尊い血を信じる(マルコ14:23~24)
主が血を流さなかったのであれば、赦しもなかった(へブル9:22)
神がひとり子をこの世に遣わされたというのは
自分の血を遣わされたということである(使20:28)
ひとり子が肉体となって来られたのは血を流すためであった(ヨハネ1:14)
私たちは人物を信じるのではない
天についての話を信じるのではない
神の御心に従って流された、(ヨハネ6:37~40)
イエス・キリストの血を信じる(マタイ20:28)
その血を飲んでこそ、いのちを得る(ヨハネ6:53)
イエスは血を流すために
十字架で殺された(ヨハネ19:33~34)
人々はどのようにしてその血を飲むのかと尋ねるが、
その血を飲んでこそ、永遠のいのちを得る
それが神が永遠の前に定められた御心である
○ イエスは十字架で死ぬことによって私たちを生かした
その方が流された血によって私たちは生きた
私たちはその方のものとなった
○ 私たちはバプテスマを受けることによって
イエスの功労を認めたし、
イエスの血によって天の門に入って行った
○ 神はイエスを愛された
教会はイエスの体である
神は教会をまことに愛される
※ 私たちが教会を愛するというのは
イエスを愛するということである
これは神を喜ばせることである

2022. 07. 24. 永遠のいのちの信仰 (ヨハネの福音書6:41~51)

永遠のいのちの信仰
(ヨハネの福音書6章41~51節)

神は
永遠のいのちでおられる
その方が
遣わされた人の子も永遠のいのちでおられる
イエスはナザレ人でおられるが、
神から出て来た真理でおられる(ルカ1:26~31)
この世の人々はその方を人と知る(ヨハネ6:42)
信仰ではなく、自然人の理性によってそのように知る
イエスが天から来られたということを信じる者は
神から教えを受けた者であり、霊的な者である(マタイ16:16~17)
イエスをこの世の暗い光と見る者は自然人である(マルコ3:21)
イエスを神の栄光と知れば、恵みと真理に満たされる(ヨハネ1:14)
それゆえ、
誰でも
神の霊によって導きを受ける者は神の子である(ローマ8:14)
家族の中にも自然人の目をもつ者と
霊的な目をもつ者がいる
それゆえ、父と子が敵対し、母と娘が敵対し
姑と嫁が敵対する(マタイ10:34~36)
主イエスが来て不和をもたらしたのである
これは裁きである
信じる者と信じない者が区別される(マタイ24:40~41)
○ イエスを狂った者と見るのか、それならば、罪人である
イエスを神の御子と見るのか、それならば、救いを得る
○ イエスを偉大な人物、聖人と見るのか
イエスを神の御子、永遠のいのちの食物と見るのか
これによって天国に行くのか、地獄に行くのかが決まる
○ 私たちはイエスをキリストと信じる
これは神から学んだことである
聖霊が私たちの霊魂に来て証しされる
※ イエスを普通の人と見れば、滅びる
イエスを神の御子と信じれば、永遠のいのちを得る
神のように信じよう、外見をもって判断しないで、霊によって信じよう

2022. 07. 17. 神の御心通りに信じよう (ヨハネの福音書6:28~40)

神の御心通りに信じよう
(ヨハネの福音書6章28~40節)

神は
良い方でおられる
その方が
この世を愛して信仰を与えられた
私たちはその方の愛を受けたために、その方を信じる(Ⅰヨハネ4:19)
神の愛を受けた者の信仰は変わることがない(Ⅰヨハネ4:18)
人々は宗教的な良心や労苦によって救いを得ようとするが、(ヨハネ6:28)
それによっては救いを得ることができない(ローマ8:3~4)
神の働きは
人々に神が遣わされた者を信じさせることである(ヨハネ3:16、6:29)
神を信じさせるしるしは何であろうか?
イエスがしるしでおられる
その方が天から来られたのはその証しがはっきりとしたしるしである(ヨハネ3:14~15)
イエスは天から下って来たパンであり、飲み物でおられる
いのちのパンであり、いのちの飲み物でおられる(ヨハネ6:53~55)
それゆえ、
その方を信じる者は永遠に飢えることも渇くこともない
これが信じる者が受ける永遠のいのちである(ヨハネ7:37~38)
神が御子に与えられた者は御子のものである
御子に与えられた者はひとりも失われることがない
聖霊によって養育を受け、復活の栄光にあずかる(ヨハネ6:40)
○ 何かの働きをしてこそ、救いを得るのではない
神が遣わされた者を信じることによって
救いを受ける
○ 救いを得るためには信仰に宗教を着せようとしないで、
完全に救う方の御心通りに信じなければならない
神の御心はその名にひざまずかせることである
○ イエスは父の御心をなすためにこの世に来て、
十字架で血を流された
これは人の知恵ではなく、神を信じて従う信仰によるものであった
※ 信じる者には約束がある
最後の日に生かすという約束がある
イエスの死と復活がその契約のしるしである

2022. 07. 10. イエスについての証言 (ヨハネの福音書5:30~47)

イエスについての証言
(ヨハネの福音書5:30~47)

神は
霊でおられる
その方が
この世に自分を知らせようとして、御言葉を遣わされた(ヨハネ1:1)
御言葉は肉体となって現れ、(ヨハネ1:14)
人々に神を見せ、聞かせ、知らせた
イエスを知ることによって、その方を遣わされた方を知る
イエスの声を聞くことによって、
その方を遣わされた方の声を聞く(ヨハネ5:36~38)
神が御子を証しし
御子が父を証しするのが御言葉である(ヨハネ12:50)
それゆえ、
神の御言葉は神が遣わされた者を証しする
その証しが聖書に記録された
聖書は聖霊の証しを受ける(ヨハネ16:7~12)
聖霊の証しがあるのが真理である(ヨハネ16:13)
聖霊の証しがないのはモーセの律法である(ヨハネ5:46~47)
私たちの信仰は
神の証し、御子の証し、御言葉の証し、
聖霊の証しを受ける
その証しはまことであるし、信仰もまことである(ヨハネ5:34~35)
○ 神の証しがまことであるために、義とされる
その御言葉が終わりの日に人を裁く
信じる者と信じない者を分別する
○ モーセに証ししたのは天使、「エホバ」であった
モーセの証しは人の証しであった
人は燃えて輝くともしびである
○ それゆえ、
神の証しだけをまことといった
神の証しを受けたものを信仰といった
※ 信仰についてはっきりと悟り、救いを受け、
復活の日に、いのちの復活を得よう
信仰は真理であり、義とされる

2022. 07. 03. 信じる者はいのちの復活に (ヨハネの福音書5:19~29)

信じる者はいのちの復活に
(ヨハネの福音書5:19~29)

神は
永遠のいのちでおられる
父は
自分にあるものをすべて御子に与えられた
父の栄光は御子の栄光である
父の権勢は御子の権勢である(マタイ28:18)
御子が父の声を聞いて生きるように、(ヨハネ6:57)
御子の声を聞く者はすべて生きる
これによって
すべての人が父を敬うように、
御子を敬うようにする(ヨハネ5:23)
御子を敬わない者は
御子を遣わした父を敬わない
御子の言葉を聞いて、御子を遣わした父を信じる者は
永遠のいのちをもち、裁きを受けることなく、
死からいのちに移っている(ヨハネ5:24~25)
私たちの信仰は望みを育てる
私たちの望みはいのちの復活である(ヨハネ11:25)
御子を信じる者が御子の声を聞くときが来る
父のいのちが御子にある
父が御子にいのちを与え、その中にあるようにされた(ヨハネ5:26)
○ 神が御子に裁きを行う権勢を与えられた
墓の中にいる者が御子の声を聞いて出て来るときが来る
そのとき、それぞれがいのちの復活と裁きの復活に出て行く
○ 現実が私たちのものではない
いのちの復活が私たちのものである
それは神の恵みと信仰の報いである
○ 悪魔の働きはねたみである
イエスのように聖徒が復活することをねたむ
試みに遭わせ、いのちを得ることができないようにする
※ 主イエスの御言葉を聞きなさい
霊魂の深いところで御言葉に従い、
救いの日にいのちの復活に出て行こう